Acoustic Breathについてプレイヤーが語る

  第1回: 昌己μ

アコースティック・ブレスに対する思いを自由に語って頂くコーナーです。

第一回は第一作、Acoustic Breathから参加されている昌己μさんです。
今回は連載形式となります。

昌己μ

アコースティック・ギターのオムニバスCDを作ろう。

 その呼びかけをメーリングリスト上で最初に見かけたのは、1997年の春だった。当時は CD-R に書き込みができるパソコンなどまだ一般に普及しておらず、巷では MD が少しずつカセットテープを過去に追いやりつつあった頃ではなかったろうか。そんな頃に、「CD を作ろう」という呼びかけは途方もないものに聞こえるのが普通であった。CD といえばレコード会社が作って売り出すものだった。勿論、この種の音楽の愛好家にとっては自主制作盤というものには馴染みがあった。それでも自主制作でCDを作るような人は、アコギの世界でも一部の限られた「偉い人」に見えるものだった。その「偉い人」の一人、音楽雑誌の記事になるような有名人:安田守彦氏が、我々のようなアマチュアの集まりに「途方もない呼びかけ」をしてきたのだった。

 ビビって当然..... と言いたいところだが、実は自分はそうでもなかった。:-b

 その少し前、90年代に入った頃、日本人のアコギ・インストの世界で制作され発表されていた曲/演奏には、不遜ながら、「自分なら、もうちょっと..えーっと...何というか...(以下略)」的な思いを持って接していたものも散見されたのだった。例えば80年代のニューエイジ音楽のブームが既に過去にあって、あるいはもっと長い歴史のある深い伝統のある音楽、または幾人かの革新的な天才を生み出した音楽.... それらの様々な音楽が広く聴かれてきたという背景からすると、あまりに...何といっていいか判らないが、.... とにかく次に来る者らしくないではないか... (過去の個人的な感想である。異論があるかもしれないが、今言われても、当時の感想が妥当であったことをあらためて論じることに意義は見いだせない。)

 自分がアコースティックギターでソロインストの曲を作るようになったのは、94年だったと思う。無論ギターは長い間、弾いてきていた。10代に入るか入らないかの頃から始めて、30代後半までも続けてきた分、いろいろなジャンルのギターかじってきた。若い頃は勿論のことだが、30代になった90年代になっても、ジャムセッションをしては、DATに録音して、カセットに写して仲間内で聴き回したりしていた。
 そうこうするうちに、以前から好きだったアコースティック・ギターという楽器の音色、たった一本で自分一人で世界を描き出せる感覚... そういった面に惹かれてアコースティック・ギターの愛好家の集まりに顔を出すようになってから、既に何年かが経過していて、自分なりのアレンジでソロを弾いたりもしていた。

 そんなことを続けるうちに1994年になって、これこそ自分が求めていたギターの弾き方ともいうべきスタイルを発見することになる。それがどのようなスタイルを意味するのかは、ここでは詳しくは触れない。しかし少なくとも、今日まで音源として発表したものは、Acoustic Breath シリーズ収録曲を含めて殆どすべてそのスタイルで演奏されている。

 どんなスタイルかと問われれば、少なくとも出音は、当サイト内にアップされている試聴音源でもお確かめいただける。

 自分が深く突き詰めてゆけそうな演奏スタイルと出会えたことで、既存のアコースティック・ギターインストの音楽に対して、それまで気になっていた「もうちょっと..何とか...」という一種の馴染めない感じが一層強まることになった。そして少しづつ、自分が「これだ」と思える音を、断片でなく、流れとして掴めるようになってきた。自分という地層の中にある音楽の鉱脈、これを掘り当てる道具が見つかったかのごとく、あるいは時分の中にある様々な「わくわくする感じ」「じーんとくる感 じ」を、完結した音楽に紡ぎ出す道具が見つかったかのような.... そして自らの内側から流れ出てきた音を、曲として、演奏として、DATに録音して残し始めていた。そして冒頭の呼びかけを目にしたのは、そういった自分の手持ちの音楽が形になってきていた頃だった。

 (すべてがそう、とは言わないが)聴いていて面白くないアコギ・インスト、聴き手として「つまんない」と拒絶する立場から、気分はもう作り手として「これぐらい、やらなきゃ...」という実例が出せそうなところに、手が届きつつあるつもりでいた。

 早い話が、自信があったのだ。
 俺の音を聴け! という思いが、自分の中にあった。

 冒頭の呼びかけを目にしたとき、実は既に何曲かのオリジナル曲を収めたデモテープを、用意していた。(もっと正確に言うなら、募集が始まる直前に安田さんには、デモテープを送ってあった。) 収録曲の候補も何曲が用意できていた。自分はこんなチャンスを待っていた、という状況だった。
 そして勿論、自分は冒頭の呼びかけに対して、一にも二にも勇んで手を挙げることになる。

(2005年9月30日 連載1回目 了)

 このコラムはシリーズ第一作を語る話である筈だが、前回はもっぱら自分の話に終止してしまった。なのでここで話を戻して、少しこの第一作の制作開始当時の背景について触れておきたい。

 そもそもこのシリーズ第一作制作当時は、参加者各人がギター音楽やCD制作について、必ずしもコンセンサスのとれた状態からスタートしたわけではなかった。なにしろ最初は参考になる過去の作は無い。オムニバスCDとしてどんなものを作ろうとしているのか? 安田さんの呼びかけを具体的に理解している者はいなかったと思う。現物もお手本もないのだから。

 いや、お手本が無いというのは正確でない。安田さんが流された第一回の募集要項では 「ウィンダムヒル・ギター・サンプラー」を引き合いに出して、オムニバス盤の意義をうったえている。
 一方で米国のネットニュースグループ rmmga(rec.music.makers.guitar.acoustic)では、rmmgaテープとよばれてニュース購読者の有志が演奏を持ちよって1本にまとめ、希望者に配布する活動が動いていた。(ちなみに自分はそれには参加経験があった。) そういう意味では手本はあったことはあった。しかし、内輪向けの同人誌レベル(とわいえ、スゴい人はある意味日本のプロよりスゴい)のrmmgaテープと、名盤「ウィンダムヒル・ギター・サンプラー」では、あまりに大きな開きがある。あるいはrmmgaテープは音楽のジャンル問わずだが、「ウィンダムヒル・ギター・サンプラー」はまぎれもなくニューエイジのアルバムだ。

 いったいどんな音楽で、どの程度のレベルが求められていて、どんな範囲で聴いてもらうのか?
 そもそも値段をつけて人様に販売するようなものなのか? 

 この答えは、やはりひとつのお手本にあった。その直前に安田さん自身が参加された浜田隆史プロデュースの「アコースティック・ギター・ソロ」 というオムニバス盤は、提案者にとっても参加者にとっても、このプロジェクトの動機となっていた。 この浜田氏プロデュースの作は、もうはっきり日本のフィンガー系ギターインストを狙い撃ちにしており、そういった音楽を変えようという気合いを感じられるものであった。録音状態こそ90年代の自宅録音のレベルではあるが、仕上がりは完全に市販の音楽CDの完成度をもち、内容的にも斬新で高度な楽曲/演奏が数多収録されているものであっ た。

 少なくともそういう前例があったおかげで、コピー譜を「上手に弾けました」レベルの演奏はおよびでないことは承知できた。上手い/下手ではないのだ。あのCDのように「こんなの聴いたことない!」インパクトのある演奏が求められている。
 そして、90年代のその種の音楽の風潮に反して「マイク録音のみ!ライン録音(つまりピックアップの使用)不可!」が最初に明示されたことも、目指す音楽の方向をはっきりさせてくれた。

 さて、ここで前回の続き、自分の話に戻らせていただく。

 この企画では「こんなの聴いたことない!」インパクトのある演奏が求められている。
 「マイク録音のみ!ライン録音(つまりピックアップの使用)不可!」

 まさに自分の出番だ。自信はあった。自分の音を聴け! という思いがあった。

 しかしながら、そうそう自信だけで上手くいくものでもない。
 バンド活動やセッションの経験ならそれなりにあったが、 ギターソロインストについては、本格的にはほんの数年の間、手探りで続けてきたのみだった。まして録音となると、一応DATでデジタル録音をやってきたとはいえ、ほんの数年間自宅録音に限っての話である。

 いざCD収録目指して演奏/録音に取り組むとなると、そこには大きな壁があった。 ちょうど当サイトのきたむらさんの文章に、ご自身の経験がおもしろおかしく記されている。 自分の場合、流石に自分は多少なりとも録音の経験があって、「俺ってこんなに下手だったのか!」 というショック体験は、ずっと前に通過していた。 客観的に聴いてみたとき、CD採録可能なレベルの80%ぐらいの演奏なら、録音できていた。「俺ってこんなに下手だったのか!」から 「80%の出来」までには、 それなりに長い苦難を乗り越えたつもりだった。もう80%の出来なからできている。これも自信の裏付けのひとつのつもりだった。

 ところがそれからが長い。ゼロから80%までと、80%から90%までは、同じぐらい長い。 いや、98%から99%までは、さらにさらに長い。

 往々にしてプロの演奏家のCD録音で技術的に高度だといわれるものでも、音がとんでいたりリズムが不正確である場合が聴き取れる。(そうでないものは、演奏技術では救いようがない場合で、別の方法で修正してある。この方がミスなどが無い演奏に聴こえる。) ここでいう100%とは、そういう演奏技術的な瑕疵は許した上で、音楽として成り立っていれば100%と認めるとしての話なのだが..

 この区別がわからなかったのだ。
 ミスタッチやノイズなどあっても、カッコよく聴こえるじゃあないか。
 っていうか、少々勢い余って危ないぐらいが、迫力があるじゃないか。
 と、思ってみるが、どうしても自分の演奏はそうは聴こえない。
 ミスるといい音に聴こえないから、間違えないように弾こうとする。
 すると演奏が萎縮して、なさけなくなる。音も冴えない。
 これはいかんと、元気よく弾く。するとわずかなミスで演奏全体が破綻する。
 何故、自分のわずかなミスや迷いは、音楽を台無しにする致命傷なのか?

 結局これがどういうことなのか少し見えてきたのは、ずっと後のことで、このオムニバスも完成し、色々な人に聴いていただいて感想なりご意見なりをいただいた上で、あらためてギターの演奏に取り組んだ頃だった。この第一作の演奏は、まだそのあたりがよくわかっていなかったが、結果的にアクセプタブルな演奏が出来ていたという段階だった。その意味では、第一作は完成時でもまだ甘かったのだが...

 とにかく、第一作を製作中は、それよりずっと以前のレベルである。98%から99%までが、90%に到達するまでよりもずっと遠いという、労力と結果の非線形な関係が、第一の壁として立ちはだかった。

 とにかく甘かった。あまりに甘かった。 

 結果的にこの壁は、AB第一作ならではの制作過程のおかげで、乗り越えることができた。そして、その制作過程こそが、第一作の作風の特徴にも反映していると同時に、シリーズを通じて貫かれている姿勢にもつながっていく。

(2005年10月27日 連載2回目 了)

 この連載第一回の冒頭を思い出していただければ幸いだが、そもそもオムニバスCDの製作が呼びかけられたのは、アコースティック・ギターの愛好家のメーリングリスト(以下AG-ML)だった。勿論CDが出来上がれば、AG-ML以外の何方にでもお買い求めいただけるようにするつもりではあったし、参加者はAG-MLのメンバーに限った訳でもなかったが、基本的にはCD製作がそのAG-MLの活動の一部という意識が抜けきってはいなかったと思う。
 特に第一作が完成し発表された当時は、「インターネットを通じて知り合った仲間が協力して..」というだけで話題性があった頃である。この切り口で新聞・テレビなど、音楽の中身に直接言及されないメディアにも随分取り上げていただいた。勿論ギター音楽を扱う雑誌などで取り上げられた際には中身の音楽について語られたが、それでも「インターネットのメールを使ってできたCD」という面にも言及されることはあった。「インターネットを使ってできた」と言われても、今となっては「それが何か?」のご時世であるが、とにかく完成当時は出来上がったCDの特徴として「インターネット」というキーワードが出てくることに参加者一同さほど違和感も疑問も持たなかったと思う。要は「インターネットはまだ珍しかった、1997年のお話」なのだ。

 実際AG-MLは、表立ったメディアに現れにくいマニアックなギター音楽やギターそのものに関する情報交換の場として、相当数のトラフィックを数えていた。おそらくAG-ML参加者達の多くは、メーリングリストという手段の効能・ご利益を実感し、ネットの可能性について大きな期待を持っていた時期であったと思う。例えば1997年当時以前、ごくマイナーな音楽ジャンルであるフィンガーピッキング系のギターインスト音楽について、どんな情報収集手段があったであろう?というか、今現在このページをご覧の皆様は、この種の音楽の情報を今日現在どうやって仕入れていらっしゃるであろう? 
 それらは90年代の中盤に、今と同じほど充実した存在だったろうか?今でこそ「アコースティック・ギター・XX」と題された雑誌が書店で入手できるが、当時は日本語で出版されたそのテの雑誌も今ほど頻繁には出版されない。勿論その種のアーチストが、テレビやラジオに登場することなど今よりさらに稀なことだった。何よりもこの種の音楽に使える専門の楽器店が数多くホームページを開設し、ネット上に軒を並べている時代でもない。アーチスト自身のホームページも、数少なかった。
 10年前、少数の例外を除いて一般のレコード店の店頭にそれらのCDが並ぶことはなかった。それらは郵便でカタログを送ってくる専門店や製作元(そのかなりの部分が海外!当然英語。)から取り寄せたりするものであった。それらのアーチストのライブ情報は、そういった経路から送られてくるハガキで知ることも多かった。

 そんな中で、自分が知り得た情報をメーリングリスト経由で共有できることは、情報収集手段として強力なものだった。またメーリングリストで語られるのは、ライブ情報や新譜情報だけではない。何人かの一家言を持つギターマニアが、得意気に経験談をならべ、蘊蓄をかたり、不誠実な楽器屋のセールストークの嘘や怪しげな雑誌記事の不備を爆撃し、またまたそれらの投稿を攻撃する別のメンバーのご高説を賜ることができた。それらの話にどれほどの信頼性・信憑性があるものか、勿論当時も怪しいものではあったが、そういった濃い話題が飛び交うだけで、細々とした情報をたぐっていたマニアたちの「話題に対する飢え」を癒す面もあったと思う。(勿論、有り難い以上に迷惑な騒音雑音的側面があったことは、今日のあらゆるジャンルの掲示板系サイトで見られる現象と同様である。)というような時代背景の中、「メーリングリストって凄い!(かもしれない..)」「ネットって、何か今までより凄いこと出来る!(ような気がする...)」という意識が、自分を含めた参加者の一部に存在した。

 というわけで、AG-MLで呼びかけられたCD製作のプロジェクト、MLの活動の一部という意識が片隅にあってもおかしくない事情はご理解いただけると思う。幸か不幸か、このCD製作のプロジェクトは、「ネットの活用例」的意識で立ち上がってしまった。

 それがどうした? ...

 実は、今回は前回の最後で言及した第一作の製作過程のことを書くつもりであったが、その背景説明をしているうちに終わってしまったようなので、とりあえずこの続きは次回。....

(2005年12月16日 連載3回目 了)

 New! 

 随分間が空いてしまってすっかり忘れられてしまったかもしれないが、唐突に連載の続きである。前々回は、いかに自分がCDのための録音を舐めてかかっていたかをお話した。そして前回は、その当時のアコギ関係の情報源として、AG-MLというメーリングリストの存在が大きかったことを書かせていただいた。(なんだ。連載などと偉そうに言っておいて、3行で書けるじゃないか。^^;)

 今回は、そのAG-MLやそのほかの当時のメーリングリストがいかに録音の困難さを乗り越えるのに助けになたったかをお話して、そういった経緯がAcoustic Breathシリーズの最近にまで至る作風上の特徴の背景になっていることを書いて、連載を結ばせていただこうと思う。(というわけで、今回も3行で書こうと思えば、書けてしまった。^^;)

 まず自分のような立場の者が、この種の音楽で CDクォリティの演奏/録音をしようという場合、何が壁になるかを具体的に見てみよう。

 自分の曲の録音に取り組んでみて思ったことなのだが、一人で取り組むソロインストのような音楽をある程度の完成度にまで仕上げるには、motivation:モチヴェーション (?... 安田さんなら「モティヴェーション」と表記されるかも..)をいかに持続するかというのがひとつの鍵になる。

 ソロインストのプロでもない立場である以上、CDが出来上がらなくても飢え死にするわけではない。(シリーズ第一作は、すべての参加者が給与生活者だった。)ソロであるわけだから、バンドの仲間がいるわけでもないので、週単位での練習日までに自分のパートを覚えてこなくても、メンバーに迷惑がかかるわけではない。(自分の場合は)誰か師匠について習っているわけでもないので、来週のレッスン日までにおさらいしてくるノルマも無い。サボっても偉い先生にしかられるわけでもない。

 ただ、数ヶ月後というルーズな締め切りがあるだけだ。「いつか、やろう」「そのうち、できるようになればいい」ということになりがちだ。そんな立場で、編集も多重録音も許さない一発録りに耐えられる演奏にまで仕上げるのは、簡単ではない。 

 またライン録音も許さないというのだから、マイクで録音することになる。1日やそこらでOKテイクが録れない腕では、スタジオを借りて録音するのは現実的ではない。となると自宅録音だ。マイクでの自宅録音は、騒音との戦いである。日本の住宅事情で家族/近所の迷惑の間隙をぬって少ないチャンスに完成度の高いテイクを間違いなく収録しなければならない。やっと、やっとのことでうまく弾けたと思う最後の1秒に、車の騒音, 家族の足音, 近所の子供の泣き声.. 一気に消耗する瞬間である。

 要するに「やっぱ無理!」となるわけだ。

 CDの制作を始めるときは、それまでのアコギインストの音楽が物足りない.. 自分ならもうちょっとできるかも.. などと偉そうに考える。が、やってみると「やっぱりプロは偉いんだな」と痛感させられるハメになる。勢いが持続しない。「勉強になりました。完成しなかったけど、やってみてよかったです。××さん(例えば誰かプロの人)のような方の凄さが、なお一層実感できました。」とまとめてオシマイ... となるのは自然の成り行き。

 何故、そうならなかったのか?
 それは、AG-MLを含めたあの当時のメーリングリスト特有の雰囲気のおかげなのだ。

 当時のメーリングリストが、現在の掲示板などと大きく違うのは、匿名性の有無である。 少なくとも Acoustic Breath の発生土壌となったメーリングリストであるAG-MLには、まだJUNET(知らない人は、日本のインターネットの歴史に関する学術的な文献を調べて下さい。web上等の一般向け解説の記載は、細かいところに間違いが多くあります。)の接続実験に参加した機関に所属するメンバーが多数混在していた。この部類に属するネットワーカー(死語!)には、当時の fj のネットニュースの約束事から「個人の所属や本名などを特定できる立場で発言する」という習慣が残っていた。というわけで、メーリングリストメンバーには匿名性がなかった。今日はやりのmi×i などのようなSNSよりも、面識こそ無いが職場などまで公開している分、各人の素性をさらけ出した接し方をしていた。

 ということは、今日のインターネット掲示板と大きく異なり、言った以上、何処の誰が言ったことか、あとあとまで残ってしまう。例えばギターのメーリングリストの場合、実際に演奏を披露し合う等のオフ会的な場がつきものだが、その場で顔を出した以上、「こいつがネットで偉そうな口をきいてるやつか?」となる。そんなとき「なんだ。偉そうなことをいつも言ってるが、演奏力はたいしたことないな。」ということにでもなれば、翌日から素知らぬ顔でハンドル名を変えて別人としてあらためて暴言を吐くわけにはいかない。メーリングリストとは、そういう場であったのだ。

 自分はそんな場であるAG-MLなどで、後先考えず偉そうな口を数年に渡って叩き続けていた。先にも書いたように「(当時の)日本のアコギインストなんてものは、...」などと言わなくてもいいことを敵を作ろうがなんだろうがおかまいなしで、言いたい放題言い放ってきた。

 だって、言いたかったんだもん。 本当に「自分の聴きたいアコギのインストは、こんなもんじゃない!」と本気で思っていたんだもん。

 そんな立場で、おいそれと挫折するわけにイカンでしょう。
 引っ込みがつかなかったんですよ。

 いや勿論、本当にそのとき耳にすることができたアコギインストより、もっと聴きたい音楽があった。それを作りたかった。始めたときは、それが主な動機ではあった。そう思ってるだけだったら、完成まで持続できなかったかもしれない。

 でも口にしてしまっていた以上、挫折したら失うものはゼロではない。当時、インターネットの幕開けの時代、ネット上の人脈がいかに大きな財産になるか、大きな可能性を実感し始めていた頃、ネットの上で「たいした奴じゃないな」と思われてしまうこと、それは大きな損失になると感じていた。
 無論当時ネットを通じて知り合った友人達は、そんなことで自分を見限るような薄情な皆さんではない。自分だって、友人がギターの演奏ごときの挑戦に挫折したからといって、その友人への信頼や敬意を100%失ってしまうと決まったわけじゃない。

 しかし、失うことへの恐れ... これは最後まで自分を駆り立てた。

 今になってタネを明かせば、なんとも後ろ向きのモチヴェーション維持であったように見える。(舞台裏話ですから、勘弁して下さい。)
 実は自分は当時から AG-ML周辺で、「大口を叩くが、口ばかりでない。言って自分を追い込んで実践につなげる男」などと評されていたのを耳にした。この評、ちょっと気に入っていた。聞こえが良いだけでなく、言われてしまうとますます「そうあらねば」と思える分、それが自分を良い方向に向けてくれるように思えるので。

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  Acoustic Breath の音楽は、何度も書くようにマイクのみの一発録音というとても生産性の低い方法で作られている。理由は単純だ。そうでなければできない響きがあり、それが私たちの欲するものだからだ。音楽を創る者の姿を正直に映し出している、そんな音を求めているからだ。アーティストをミステリアスな存在にすることなく、弾く者の素顔をさらす音が大事なのだ。匿名性の影に隠れることのない、かつてのネットワーカー達のように。

 しかし、「その方法でなければできない音が欲しい」だけでは、一度出来上がってしまえば、満足してしまうかもしれない。他にも魅力ある追求すべき音楽造りの手段はある。そういった他の音楽に手を出すことはあっても、自分達は今もこの生産性の低い音楽造りを止めてしまうことなく続けている。それが何故続けられるのか。それは「ひたすら正直に造った音」を世に送り出すときの胸のつかえの無い爽快な気分は、失うには惜しいものだから... というのが少しはあるのかもしれない。 

 そんなわけで、今日でも Acoustic Breath の音楽は、楽曲や演奏技術は進化しても、ひたすら手間のかかる方法で造られている。たとえもっと合理的な作り方で、十分に良心的な音楽を作ることが可能だとしても。そして結果として音に現れる違いが、お聴きいただく皆さんの耳に届かないほどわずかであっても...

(2006年5月18日 連載完結)


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